土曜日の晩、帰ってくると、玄関先に傷ついたカラスの子がうずくまっていた。
あたりは一面、灰色や黄褐色のフンだらけ。
灯りの下でギロリとこちらをにらむが、目がうつろ。
その日は疲れていたので、そのまま玄関に入り、放っておいた。
日曜日の朝、様子を見に行くと、カラスの子はまだいた。
近づいていくと玄関の戸やガラスの方へ飛び立とうとジタバタし、何度もぶつかった。
方向感覚もかなりぼけているようだった。
よく見ると玄関のガラスも、ひっかき傷やフンでよごれており、
血もベットリと付いてた。
これはかなり弱っていて死ぬかも、と思った。
身柄を箱に確保して、河原かどこかに連れて行こうとしたが、
上空には心配しているカラスが何匹か、カーカーとうるさく騒ぎ出し、
カラスの子に近づくと、危害を加えるな、とばかり飛んできた。
カラスの子も、自分で逃げる元気はあり、
仕方なしに箱を盾にして、そのまま空き地に誘導した。
そして玄関先を水とブラシできれいに洗い流し、1日放っておいた。
その日は一日カラスの子と、親鳥?達が、カーカーとうるさく鳴き合っていた。
次の日の朝、死体の始末をするのは嫌だなあと思いながら様子を見ると、
カラスの子は少し元気になっていて、道路に移動していた。
電線やアンテナに止まったカラス達が、カーカーと鳴いて
子ガラスを元気づけていた。
さすがカラスは気高いなあ、と感心し、そのまま忘れていたら、
目や翼の不自由さを何とか間に合わせて、
昼前にはどこかにいなくなっていた。
そう言えば、岡本太郎がカラスを保護して、
好意と敬意を持ってしばらく飼っていたなあ、
と思い出しながら、
人間だと、きっと不安や妄想にやられて死んでいたに違いない、と思った。
薬や病院にばかりに頼っていないで、
野生動物のたくましさ、生命力の強さを少しは見習いたいものだ。
0 件のコメント:
コメントを投稿